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2011/04/12 (Tue) イケてない一日

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【標高3700m→3800m】

『朝7時半@ホテルのベッドの上の寝袋の中。
 (中略) 少し哲学。なぜ旅をするのか、この旅で何を得ているのか。
 感覚的なものにしか過ぎないけど、その国に行くことで、今まで2Dだったものが、3Dになる、
 そんな気がするんだ。
 地図の上、本の中にしか過ぎないものが、そこに行くことで粘土で創り上げていくかのように、
 私の中で立体化されていく、そんな気がするんだ。
 そういった立体化されたものが、もっと欲しいから私は旅に出るんだろうね。
 だから何度も同じ場所を訪れたい、とも思うのかも。立体化させるためのdetailが足りないと感じたときには。』


私たちが滞在した宿泊先は、水がなく、前日からお風呂はもちろん、手も洗えていない。
そんなバッチイ状態で、朝を迎える。

11時にツアーは出発。
私は2泊3日でそのままチリに抜けるけど、
1泊ツアー後、リマに戻る同期とカナとはここでお別れ。

じゃーね、
そんな軽いノリで、私のツアーランクルに乗り込む。

ランクル


メンバーはオランダ人カップル、チリに留学中のドイツ人、日本を飛び出てきたお兄さん、そして私の5人。
プラス、ドライバー、料理担当の奥さん、そして二人の子ども(1歳9ヶ月)

公用語は英語とスペイン語。
英語しか話せないオランダ人バックパッカーカップルと、運転手への通訳
私とドイツ人が出来る。
英語も苦手な日本人へは、
私が伝達する、
そうやって、誰も仲間ハズレにならない、ベストメンバー。

そんな私たちは、まず列車の墓へ。
たいした感動は得られないけど、ここは前菜だから。
メインディッシュはこれから。

ワクワクした気持ちを抑えながらやってきましたウユニ塩湖。

人は、感動すると声が出ない、って言うけれども、
それ以上の感動を得ると、
今度は体中の空気を出し切るまで叫んでしまうんだね。

「もう水は乾いていて鏡の世界は見れないよ」
ウユニに辿りつくまでに出会った旅人たちから聞かされてたから、
正直覚悟していたんだ、真っ白なだけの世界を。

でもね、
連日の大雨のおかげで、地面・・・塩面5cm~10cmの水が、
あたり一面張っていて、
快晴で、
完璧な、鏡の世界。

ウユニ入り口

ランクルの上に積んである、
みんなのバックパックやら、ガスやら水やらの上に
座る。

そこからの絶景、それは、私の感覚を狂わせていく。

ウユニ2

無風。
ツルツルな鏡の上を、ランクルが滑っていく。
ここは水の上なのか、水の中なのか、ガラスの上なのか。
なんだか、ディズニーの世界に迷い込んでしまったような景色。

うゆに3

「空と地上の境目がないね」
「yeah, and they say sky is the limit」
(これを和訳することが出来ない自分の語学力が悔しい)

時間の感覚もなくなっていく。
20分なのか2時間なのか。

空腹感が、経過した時間を教えてくれた。

魚の島、と呼ばれる塩湖最大の島でランチ。

「世の中には、『有名だから行かなくちゃいけない』旅行先と、『行くことに価値がある』旅行先があると思うんだ。 前者は、例えば、オーストラリアだったりマチュピチュだったり。
 でも、ここは確実に『行くことに価値がある』場所だね。
 来て本当によかった」

ドイツ人が呟く。

見渡す限り何もない、そういった世界では、
遠近の感覚もなくなっていく。

the biggest cusquena

世界最大のビール缶ゴッコ
なんてのも、できちゃったりするんだけどね。

そうそう、
もう一つの奇跡、
それは、同期2人と会ったということ。

さっきバイバイしたはずの同期Aに加えて、
南米を逆ルートで周っていた同期Cにも、魚の島の入り口で出会った。

考えてみると、ものすごい可能性なんだよね。
私たちは、意外に普通にしていたけど、
Cの友人が
「さすがJだわぁ。世界規模」

こんな同期がいる私はシアワセだな、
なんてね。

今夜の宿泊先は、
塩のホテルではなく、もうちょっと先の小さな村。

お湯は有料だけど、シャワーがあるだけでもシアワセ。
みんなで、ロウソクの火でゴハンを食べる。
18年間付き合っている、というオランダ人カップルの話を聞いたり、
ドイツ人の勉強の内容を聞いたり、
日本人の子の日本での仕事を聞いたり、
やることはないけど、

ドイツ人、日本人、私の三人で一つの部屋。
こういうのは、こういうので、それなりに楽しい。

電気は10時に供給ストップ。
懐中電灯で日記を書いた後、おやすみなさい。

10日目: ウユニツアー 2日目

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2009.02.28(10:00)|コメント(1)トラックバック(0)TOP↑
「オルーロからウユニまでの道は、すごいです」
そんな話しを聞いていた。
どんだけすごくとも、キューバの道よりヒドイものはないだろう、
そう高をくくっていた。

甘い。

安物のマッサージチェアーのつまみを「大」とか「強」とかにあわせて
一晩中かかり続ける、そんな感じ。
オーバーヘッドの棚に置いてあるものは、
次々と落下し、バスの後方へ飛び跳ねながら転がっていく。
背もたれにおいてあるボトルも飛び出す。
しまいには、顔にかかっているメガネさえも、落ちて、
行方不明状態。

それに加え、私の席は壊れていて、
どう体勢をとっても滑り台のように、体が滑り落ちていく。
夜行だけど眠れない、
寒いし、雨漏りもする。
もう、笑うしかないでしょう。

昨晩のラパスの雨は、タクシーの運転手が
「数年ぶりだ」というほどの大雨。
中心街に近づけば、
店という店が浸水していた。
「数年前の雨では、人が流されたからねぇ」
そう話す運転手の話し、高低の差が激しいこの町においては、
冗談には聞こえません。

そんな雨が舗装されていない道に降れば、どうなるか、っていうのは、
もちろん、
こうなる。

洪水のバス

川が氾濫し、橋は流され、(もともとあるのか知らないけど)
それはもうスゴイ惨状。

川に近づくたびに、運転手たちが降りて、石を投げて
その深さを想像する。
20分、30分、40分、
石投げに身を投じた後、
勇敢な一台が出発、
何台もの犠牲者を横目に、ソロリソロリと進んでいく。

そんな感じでウユニの町についたのは予定よりも4時間半遅れの
午前11時。
当日発のツアーへは間に合わなかった。

予定外のウユニでの一泊。

ラパスで落ち合った同期、
そして、バスで知り合ったカナ。
カナは、コパカバーナからラパス行きのバスのオーバーブッキングの
犠牲となった張本人、
そして私の3人で、ウユニの町を歩き回る。

といっても、何があるというわけでもなく、
土産屋を冷やかすのにも飽きた頃、
宿泊先近くのレストランに入った。

ちょっと早いけど夕飯食べようか、

そう言って頼んだピザが出てきたのは
注文をしてから40分後。

なかなか頼んだ品が出てこないことに心配した私たちが
一度キッチンを覗いたときに目に飛び込んできた光景、
それは、ピザの生地になるであろうものを、
必死で叩いているおばちゃんの姿。

そんな、生地からすべて手作りだったピザは、
今まで食べたことのあるピザのベスト3に入るくらいの
美味で、もう感動。

ウユニのトランプ

ライトが絞ってあって、いい感じに薄暗いこのレストランで、
私たちは、「ご自由にどうぞ」と置いてあるトランプを借りて
大貧民に興じる。
3人でのプレーがヒートアップし、レストランを去ったのは
5時間後。
ピザも、チキンも、ジュースも、パンケーキも、
とてもとても美味しかった。

おばちゃんありがとう。

さぁ、夜10時半、
やることもなくなった。

寝ますか。

9日目: ウユニツアー1日目
2009.02.27(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
リマ→アレキパ→プーノ→コパカバーナときて、昨日、ボリビアの首都(行政上、という意味で。法律上の首都はいまだスクレ)に到着。

ラパスの街は、想像以上に美しく、どこを切り取っても、とても綺麗な「絵」が出来上がる。

昼は、アンデス山脈をバックに、見上げる限り続いていくレンガ造りの家々。
夜は、それぞれの家にオレンジ色の明かりが灯り、ため息が出てしまうほど。

標高3800m~4200mの間にあるラパス市内にいるにもかかわらず、幸い高山病はなし。
ただ、最初は25m歩いただけで、全速力で走ったくらいの動悸。

高地に入って、3日目?4日目?になる今日は、もう坂道もなんのその、スタスタ歩きまわれるくらいに
体もなれてくれたみたい。
頭痛も、吐き気も、食欲不振も、何もなし。
意外にタフでした、私の身体。

今夜の夜行バスで、今回の旅のハイライト、ウユニに向かいます。
残念ながら、すでに水は乾ききってしまって、「鏡の世界」を体験することは出来ないらしいけど、
それでも、すごく楽しみ。
見渡す限り、白い世界、なんて想像できないから。

その後、チリに入り、砂漠を抜け、太平洋側の港町を通過しつつ北上、再度ペルーに入国し、クスコ及びマチュピチュ。
リマに戻ったとき、それがゴール。
(家に着くまでが遠足です、って誰かが昔言っていたっけ?)

先はまだ長いけど、なんか、すごくいい予感がする。
この旅は最高なものになる、
そんな気がするんです。

では。
ラパス、ボリビアより
2009.02.27(06:47)|コメント(4)トラックバック(0)TOP↑
【標高3600m → 標高3700m】

ホテル一番は、そのホテルの質とはまた別に
一つ、とっても有名なサービスがある。
それが、朝食。

hotel ichiban 朝食

おはようございます、と声を掛けると、
キッチンの奥から、あぁ、おはよう、とオーナー。
おはようの一言がこんなに暖かいなんてね。

昭和の頑固オヤジを絵に描いたような
南雲オーナーは、とっても暖かい人。
日本の流行りのホテルのように、笑顔の安売りはしない、
でも、とても暖かいんだ。
そして、決してビジネスとしてのホテル経営ではない、
そんな印象を受ける。

おいしい和食に癒されて、癒されて、
今日も一日活動しよう。

まずはウユニ行きのチケットを購入しに行く。
オフィスまで向かうバスの中、隣に座ったおじいちゃんに、
現地の人と間違えられた。
そういうときは笑顔で対応。

無事チケット購入後、ラパスを観光しよう。
今回二度目の観光バス。限られた時間の中でその町を知るには、
これが一番経済的で、手っ取り早い、そんな気がします。

お昼は、奮発してオーナーが日系人だというオシャレなカフェで。
照り焼きチキンに白いゴハン。
高地に移動してきてから、初めて「おいしい」ものを「お腹イッパイ」食べた気がした。

ブルーベリーカフェランチ

私の旅スタイル、
それはもちろん、バックパッキングだったんだけど、
いつも必ず「息抜きデー」を作ることにしている。
その日だけは、お金を気にせず、心を充電するの。

美味しいもの食べて、暖かいベッドで寝ることができて、
心がマンタンになったところで、
ツアーへ。

ラパスの南側、そして中心街
周っていくうちに感じること、それはやっぱりボリビアはボリビアなんだ、っていうこと、
そして、「生」が感じられる場所だ、ということ。

余談だけど、あちらこちらの街角で見られる看板を見ていると、
キューバでの風景が彷彿させられる。
今後、この国はどう変わっていくのだろう。

lapaz町並み

ツアーバスは、ほとんど貸切。
私と、私の両親と同世代の日本人夫婦のみ。
ブラジルに在住しているというこのご夫婦は、
今朝早くにラパスに到着したらしい。
私が息子さんと同じ年だということで、すごくよくしてくださって、
なんだか、暖かい安心感を得ることが出来た。

人との繋がりって
旅の醍醐味だよなぁ、なんて考えながら、
ホテルに戻る。
夜行バスの出発時間まで、部屋使っていていいよ、
なんて、オーナーの好意に甘え、NHKのドラマを見ながら、
一日を振り返る。

充実した一日。
ラパスは、一日でまわるには、短すぎる。

また来ます、
そうオーナーに言い伝え、ホテルを去り、夜行バスのターミナルへと
向かいます。

そんなラパスは、大雨、
洪水。

のちの悲劇の幕開けです。

8日目: ウユニ
2009.02.26(10:00)|コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
【標高3800m → 標高3600m】

早朝、大雨。
やっぱりまだ高地になれていないのだろうか。
雨音と寒さもあって、あまり眠れなかった。

今日、可能ならば、太陽の島まで行きたかったけど、この雨の中じゃぁ外に出るのも無理だね。

ラパス行きのバスは午後1時半。
それまで何をしよう。
予定というものは、前日に組んでおかないと、動き回るモチベーションが下がっちゃう。
特に疲れているときは。

10時、嘘のように晴れ渡った空の下、外に出る。
中途半端な時間、一人朝ご飯を食べる。
道は水浸しだけど、気持ちよいほどはれた!

『この町を表現する言葉、日本語では見つからないや。
 Lively、これが一番ピンとくる。
 人々が可能な限りで精一杯生きているように思えるよ』

女の子

町をプラプラして、
子どもと戯れる。
こういうときは、シャボン玉が役に立つ。

perrito

やることなくて、
湖眺めたり、
町をブラブラしているうちに1時。
1時半にバスの前に集合なんて言われていたけど、
若干心配なので、1時にオフィス前に。
遅れに遅れて到着したバスに乗り込むと、
予想通り、オーバーブッキング。
運良く乗り込めた私が窓の外を見れば、溢れてしまった人たち。
オフィスの人が何か説明しているけども、
スペイン語がわからない人たちはうろたえるばかり。
その中にいた日本人らしき女の子に、窓を開けて話し掛ければ、
「さすがボリビアやなぁ・・」なんて笑ってた。
そんな感じで私たちのバスは出発。

コパカバーナからラパスまで風景は、もう最高。
場所によっては、既に高地にあるチチカカ湖が、はるか下に見えた、
ってことは、私たちは、今標高何メートルにいるんだろう。

右を見ても、左を見ても、前を見ても拡がる湖。
その大きさには、本当に圧倒される。

ラパスに行くためには、かの有名なチチカカ湖渡りがある。
バスはイカダに、私たちはスピードボートに乗り込む。
本当に気持ちが良い。

この日の宿泊先は、一番ホテル。
日系一世のご主人が経営しているこの三ツ星ホテルに泊まった理由、
一つは、先日のプーノでの経験があまりにもショッキングすぎて、
少し心を休めたかった、ということ、
もう一つに、ボリビア日系人と話してみたい、
ということがあったんだ。

ペルー、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、
たくさんの日系人が暮らしているけど、
現地の同化が進んだペルーとは違い、
ボリビアは、自分たちで土地を開拓し、古い日本社会を守りつづけている、
そんな話しを聞いたことがあるんだ。
せっかくフィールドに出ているんだから、
勉強もしなくちゃね。

夜、内定先の同期と落ち合う。
「めっちゃいいとこじゃん」 半分スネながら羨んでいた。
君が泊まっている旧市街の安宿とは値段が違いますから。

翌日からの予定を話し合い、軽く夕飯を食べながら今までの旅の報告をしあう。
新市街から私の宿泊先までは徒歩20分の坂道。
たいした距離ではないのに、息が切れる。

「今リアル鬼ごっこになったら、逃げ切れる自信ないわ」
そんな軽口を叩きながらも、本気で今強盗にあったら逃げられないだろうな、
なんて考えながら二人で夜道を歩く。
新市街においては、そんな危ないことはないんだけどね。

20分歩いた後の脈拍数は尋常ではなく、
薄い空気がどれだけ体に負担をかけるのか、
痛感。

ラパス夜景

自分の宿泊先に戻っていく同期とお別れし、
私は部屋で久しぶりのNHK.
身体障害者用の郵便システムを悪用した人たちがいる、
なんてニュースを見ながら、夢の世界へ。

今日も長い一日でした。

7日目: ラパス⇒ウユニ
2009.02.25(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
puno 町並み


【標高3850m → 標高3800m】

頭の中で、坂本九の、「上を向いて歩こう」をリフレインしている間に眠りに落ちる。

寒くなることを見越して重装備で眠りについたおかげで、
寒さで目が覚めるということだけは、回避できた模様。

ただ朝7時過ぎ、相変わらず体調は最悪で、
朝ごはんが付いているにも関わらず、何も食べたくない。
部屋から出たくない、寝袋から出たくない、
そんな最悪な状況。

9時のチェックアウトまで、寝てやろう、
そう意気込んで、一通り荷造りをした後、
また、ベッド・・・マットレスの上で丸くなる。

9時になろうかというときに、
「朝ごはんよー」と、宿のおばちゃんがドアを叩きに来た。

放っておいてくれ、
そう言いそうになったけど、好意を踏みにじるわけにもいかなくて、
ノロノロと起き上がる。

パンと、バナナと、卵、
出してきてくれたけど、どれも口にしたくない。

「コカ茶だけちょうだい」

溺れる者はなんとやら。

コカの葉をたっぷり入れたコカ茶をすする。

数十分後、気分がすっきりしたのは、
錯覚? いや間違いなく効いているみたいね。
先人の知恵は、やっぱりすごいなぁ。

「今日はコパカバーナに行く予定なんだ」なんておばちゃんに話せば、
「あら、コパカバーナ行きのバスは朝早くに出ちゃったわよ。」

一難去ってまた一難。
まぁ、私が悪いんだけどね。

宿のおじさんに聞いてみる。
 コパカバーナ行きのバスはある?
 朝の7時半に全バス会社出ちゃったよ。
 他のルートは?
 乗合バスで、国境まで行って、そこから20分歩けばボリビアに入れるよ。ボリビアでコパカバーナ行きのバスを探せばいいよ。

こんな最悪な体調のもと、バックパックを背負ってさまよいたくない。

 他のルートは?
 午後の2時半に、インターナショナルバスが出るよ。それに乗れば手続きせずにコパカバーナまでダイレクトに行けるよ。

早くそれを言って欲しかった。
なにはともあれ、午後出発する唯一のバス、その席を確保するために、9時半にターミナルへ。

すんなり席の予約完了。
値段も10ドル程度。
いつ来るかもわからない乗合バスを乗り継ぐより、
はるかに楽ちん。

さて、午後まで時間が残ってしまった。
ただ、ゴーストタウンのようなこの町には、
魅力を感じない。

 ウロスツアーがあるよ、20ソルで。参加するかい?

予約をしたデスクでおじさんに聞かれる。

伝統文化を観光客向けに色づけたツアーは大っ嫌いだけど、
他にやることもないし、
百聞には一見にしかず、
参加してみよう。

トトラ家

チチカカ湖を船で移動、間もなく、島に到着。

トトラと呼ばれる葦を幾層にも重ねてつくりあげてある人口島は、
チチカカ湖面にいくつも存在し、現在でも何百人もの人々が生活している。

トトラは、島を作る際に使われるだけでなく、
食用として、また飲料水としても使われ、
この島の上で生活している人々の暮らしに不可欠な存在。

家だって、トトラを編んで作ってあるんだけど、
中を見せてもらったらビックリ、
屋根はビニールでコーティングされてて、ベッド(これもトトラ製)の横には、
ソファー(これもトトラ製)に向かうように、テレビが設置されてある。
ソーラーパワーで電気が供給されてるんだそうで。

そりゃね、他文化を知ることはとても重要なことだけど、
だからと言って、自分たちの生活を商品として売り出す必要はないんじゃないかな。
こういうのを好き、という人たちも多くいるんだろうけど、
(だからこそ、ツアーとして成り立っているわけで)
でも、歓迎の歌を歌ってくれた時、
ウロスの人たち、笑顔じゃなかったよ。
ビジネスライク。

複雑な気持ちを抱えたままターミナルへ。
バスに乗り込み、いざボリビアへ。

ペルー→ボリビア国境

といっても、大した距離ではなく、数時間で国境。
国境を越えたからといって、大した変化はなく、
ただ、ペルーのほうがボリビアのイミグレよりずっと綺麗だった、ということ、
そして、ボリビアのイミグレの壁に、モラレス大統領の写真が掲げてあったのを見て、

 あぁ、ボリビアなんだ、

って実感したくらい。

ちなみに、ボリビア側の国境付近に、バスなんかはなく、
つくづく、乗合バスを選ばなくてよかった、なんて思ったり。

チチカカ白鳥

コパカバーナは、プーノよりもずっと味のある町。

湖畔から見る夕日は、とても美しく、
どこか、切なく。
なんだか、心が苦しくなってくる。

カーニバルは始まったばかり、
唯一のメインストリートは、音楽とアルコール臭で溢れている。
その輪に加わりたいけど、
今日は疲れた。

もうホテルに帰って、寝よう。
明日は、早起きして太陽の島に行こう。

6日目: コパカバーナ ⇒ ラパス 
2009.02.24(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
arequipa centro


【標高2300m → 標高3850m】

時間のない独りぼっちのバックパッカーの強い味方は、
ツアーバス。
二階建てのバスに座っていれば、
その地の名所を勝手に回ってくれる。

人によって好き嫌いはあるけれども、
疲れているのに、時間がたくさん余ってしまっているときには、
最適。

だって、
写真撮れるし、
歴史も学べるし、
なにより
危なくないし。
(街中に比べれば、という意味でね)

そんなわけで、午前中は、せっかくだから、アレキパの観光をしよう。
前までは、こういう観光客向けのサービスに拒否反応をおこしていたけど、
そういう、「化粧をした現地の顔」を見るのも、一つの勉強だな、なんて思うようになってきたり。

アレキパは、「白い町」と呼ばれるほど、
白い火山岩で建物が作られている。
それはそれは綺麗な街なんだ。

残念ながら、今回は時間がなくてゆっくり歩きまわることができなかったけど、
また、いつか絶対にこよう、
そう思ってしまうほど、素敵な場所。

うん、今回は下見。
そういうことにしておこう。

だって、今日はプーノに向かわなくちゃいけないんだもん。

バスターミナルに向かう。
狙っていたバス会社のカウンターで、
「プーノ行きのバスは?」聞いてみたら、
「あさって」
なんていう答えが。

思わず、自分のスペイン語能力疑っちゃったよ。
この単語、本当に「あさって」っていう意味か、って。

しょうがないね。
下調べしなかった自分の責任です。
ワンランクもツーランクも下げたローカルのバス会社のカウンターで、
「プーノ行きのバスは?」と聞いてみれば、
「午後5時」なんて答え。

だって、今お昼の12時じゃない。
この、人でごった返すターミナルの中、
座る場所も確保出来ないのに、大きなバックパック(65リットル)を抱えて、5時間も待てと?

待ちましたけど。

思い出したくもない、アレキパ→プーノ間の悪夢は、まだ始まったばかり。

乗車時刻になっても、どこに行けばわからない。
7人に聞けば、7人が全然別の答えを返答してくる。
7人が全員、別の方向を指さす。

チケットを見れば、行き先として私の目的地より2つ手前の町のターミナルまでしか記載されておらず、
運よくバスに乗れたとしても、目的地まで辿りつけるのだろうか。

心配が募る一方で、バッグはどんどん重くのしかかってきて。
おまけに、念のために飲んでおいておいた高山病の薬の副作用でトイレは近くなる次第。

「プーノの夜は危ないよ。10時を過ぎたら道に出ないでね」
なんてアレキパの宿泊先のオーナーに言われたから、余計こわくなっちゃうじゃん。

  アレキパからプーノまで、5時間半で着く、

それだけを信じて、せめては、10時までには着いて欲しい、
そんなことを切に願っている私の横で、
ドライバーのおじさんたちが
「途中の道、霧が深くて通行止めになっているらしいよ」
なんて情報交換。

泣きそう。

定時1時間遅れで出発したバスが
ノロノロ運転の末にプーノに着いたのは、夜12時半過ぎ。

寒いこと寒いこと。
フリースの上に、ダウンを着て、バッグパックを背負って降り立った
真夜中のプーノの町。

富士山の頂上より高いその場所で、
高山病か、乗り物酔いか、極度の緊張か、

ものすごく気持ち悪くなってきた。

嘔吐感はターミナルの外に出るまで必至で抑える。

ギリギリ間に合った。
雨が降って濡れちゃうけど、関係ない。

幸運なことに、タクシーが待機してたところを捕まえて、
行先を告げてみる。

相変わらず気持ち悪い。

んー、私、体乗り出して、吐いている真っ最中なのに、発車しちゃうんだもんなぁ。
移動する車のドアから体を乗り出して嘔吐する経験なんて、
これが最初で最後になるんだろうなぁ。

予約を取っておいたホステルは、
鍵がしまってて、電気も消えてた。

荷物を車中に入れたまま車から降りてホステルの人を起こしに行くなんてことはしたくなくて、
運転手にお願いして、叩き起しに行ってもらう。
運転手のおじさん、いい人でよかった。。。。

やっとのことで通された部屋。
これで休める、と思って踏み入れた部屋に置いてあるものは、

木枠のベッドの上にマットレス。
以上。

念のために持ってきた寝袋の存在が、
こんなにも愛おしくなるなんて。

早く寝よう。
その前に、トイレと歯…
共同トイレに向かってみれば、
すでに、電気と水道が止められている。

こういう時もありますね。

今日は、寝袋にくるまって、
寝よう。

「寝てしまおう」、

この表現が一番しっくりくるかもしれないね。

・・・・・・・

アレキパ⇒プーノが、この3週間で最も苦しかった。
標高にやられたのかもしれないし、
極度の緊張だったのかもしれない。

ただ、一つ言えるのは、
まだ、「旅スイッチ」がちゃんと入りきっていないうちに、
タフな場所に行っちゃった自分が悪い、ということ。

今おもいだしてみても、なんて無茶したんだろう、って思う程。
タクシーが待機してなかったら?
タクシーの運転手が良い人じゃなかったら?
ホステルの人が起きてくれなかったら?

反省してます。

今となっちゃぁ、笑い話だけど、
笑い話にしちゃぁ、いけないんだよね、きっと。

5日目: プーノ⇒コパカバーナ
2009.02.23(13:56)|コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
santa catalina calle
(サンタ・カタリナ修道院、トレド通り)

【標高0m → 標高2300m】
【宿泊先:Casona Solar : 53ソル】

前日手配しておいた飛行機でアレキパに向かう。

当初の予定はクスコに行く予定だったけど、
どうやら「アレキパ」という町は素敵な場所らしい。
直接クスコに飛ぶと高山病の危険性もあるしね。
ラパスで落ち合うことになっている同期とのスケジュールの関係で、
マチュピチュは最後に残してあるわけで、
3週間後には確実にクスコに来る予定になっているならば、
行きは別ルートも素敵かな、って。

リマから飛行機で1時間、
小さな飛行機から降りたアレキパは、
山脈に囲まれ、リマからの服装じゃ少しだけ肌寒い、
そんな町。

宿泊先を手配し、タクシーを捕まえ、町の中心へ。

タクシーの運転手と話をすると、アレキパ生まれの人たちが自分たちの町を
どれだけ誇りに思っているのか、
それが伝わってくる。

昔の家に手を加えたこの宿泊先は、
天井が高く、壁が1mもある重厚な造りの建物。

さて、テクテク町へ行きますか。

「気をつけてねー」
なぜかびしょぬれになっているホテルの従業員のお兄さんが
笑いながら送り出してくれた。

セントロから3ブロック。
なぜか、道には、びしょぬれの子供たちがあふれている。

バシッ

突然、真横に水風船が落ちてくる。

今日はカルナバルの最初の日曜日。

子供たちが水風船や水鉄砲、ときには水をくんだバケツを持ち、
水の掛け合いっこをしている。

こういうことか。

外国人の私は格好のターゲット。
屋根の上から、集中砲撃。

全速力で逃げる途中、出窓に腕をぶつけた。

カメラを死守できたから、まぁ良いか。

午後2時という中途半端な時間。
向かった先は、サンタ・カタリーナ修道院

数十年前まで修道院として機能していた、というその建物に足を踏み入れると、
当時の厳かな雰囲気がそのまま残っていて、
台所などは、煙の香りがまだ残っている、
そんな場所。

修道院というよりも、ひとつの町なのではないか、と思ってしまうその建物の中は、
生まれて初めて、「方向感覚を失う」という体験をしたほど。
広い広いその中を、すべて見て回るだけでも2時間はかかる。
まぁ、閉院が5時だから、ちょうどいいんじゃないかな?

ぼーっと歩き回り、
疲れたらベンチで休み、
一周歩いたら、気に行った場所に戻って、ぼーっと座る。

そんなことを繰り返し、堪能する。

ここの雰囲気、好きだなぁ。

でも、修道院として機能していたとき、
ここでの生活はどうだったんだろう。

唯一外部との接触が許されていた場所、というところに足を踏み入れてみる。
厚い木製の格子を2枚隔てた先に、
外の世界が広がっている。

やっぱり、私は今の世界がいいや。

一人旅の何が一番さびしいか、ってやっぱり夜。
おいしそうなもの、素敵な雰囲気の場所、
入りたいな、って思っても、その雰囲気が良ければ良いほど、敷居が高くなる。

部屋に戻っても、高い天井のてっぺんに、申し訳程度についている明かりじゃぁ、
あまりにも暗すぎて、なんか、哀しい。
こんな時は、ポストカードを。

カルナバルの関係なのか何なのか、
音楽が外から流れてくるけれども、

今夜はポストカードを書こう。

4日目: アレキパ⇒プーノ
2009.02.22(12:40)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
リマ、ペルーの首都は、思っていた以上に大都市で、
思っていた以上に、
暑い。

そりゃぁ、そうだ、夏だった。
海の近く。

アンデスに向けての、真冬の荷物ばかりのバックパックは
やっぱりかさばる。

南米でもっとも危険な場所のひとつ、
なんて言われていて、
確かに、危ないっちゃぁ、危ないのかもしれないけど、
危なくないって言えば、危なくない。

なんかね、
いい感じに転がっているんだ。

これからのこの旅、
よい方に転がっていき続ける、
そんな気がしてもいます。
2009.02.22(05:53)|コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
lima 市内

暑い。
体がベトベトする、そんな不快感と共に目が覚める。

昨晩、宿泊先まで連れてきてくれたタクシーの運転手さん(日系人)が、
今日は、友人(日本人)を市内観光に連れていく、ということで、
私も便乗させてもらう。

その友人という方は、実はかなり有名なギターリストで、
すでにCDを8枚出している、とかなんとか。
普通の人にしか見えないのに、すごいなぁ。

リマ市内が見渡せる展望台に行く途中、
その景色が好きで、車の中でカメラを取り出したら、
「あ、窓割られるから、隠しておいて」
って。

ここは、リマで、メキシコではないんだ、
なんて実感したり。

だって、メキシコでは、車の窓を割ってまで中の鞄やらカメラやらを
取られる、なんて話、聞いたことなかったもん。

会話の中で、よくメキシコとペルーを言い間違えたりしていたけど、
だんだんペルースイッチが入ってくる。

それ以上に、
日本人モードから、
旅モードに切り替わってくるのがわかる。

お昼ごはんは、
アンティクーチョ。
牛の心臓、要はハツ。
ラテンアメリカで一番食事がおいしいといわれているペルー料理。
お肉も、お野菜もおいしい。
じゃがいもも、味が濃い。

食事が体に合う、ということは、
旅をするにあたって、一番大切なこと。

「ごめん、これから用事があって、
 どうしても、リマで一番危険な場所に行かなくちゃいけないんだ」
食事の後に、運転手さんが言う。

俗に「泥棒市場」と呼ばれるこの地区は、
彼に言わせれば、「貧しいというよりも、悪いやつら」が生活する場所。
警察も、足を踏み入れない地区では、
窓をしっかり閉め、ドアにロックをした後、
鞄をトランクに隠した。
車を走らす道の両側で、
盗まれてきたのであろう車の解体や、
電化製品の解体、
そして、新たに組みなおされた部品たちが荷車に積み込まれている。

品定めするようにジロジロ中を除きこみながら、
私たちの車の横を(何回も)通り過ぎていく人たちがいる。

「早く行こうよ」
なんど、口に出してしまいそうだったか。

良い経験になったけど、
うん、二度とゴメンだな、ここに来るのは。
こんなに怖くなったのは、初めての経験。

ここでの用事、それは、この地区で52年間電化製品展を営んでいる
日系二世のおじいちゃん、セニョール・ホンダを迎えにいく、
というもの。

こんな場所で、高級な電化製品を扱っていて、危なくないの?
話を聞いてみると、
過去には、42店舗を経営していた、というホンダさんは、
にこやかに、「別に大丈夫だよ」
って。
ホンダさんのお店には、誰も手を出してこないそう。
でも、ここまで辿りつくには、きっと想像以上の苦労があったんだろうな。

「去年の10月に2週間日本に行ってきましたよ」
85歳のホンダさんの耳はほとんど聞こえていなかったけど、
日本の良さを話してくれた。

お別れするときに握った、その手はとてもあたたかかった。

ペルーには、本当に多くの日系人が暮らしている。
勤労な彼らの中には、成功をおさめている人たちもいる。

ペルーは、ラテンアメリカでも、最も親日的な国。
そんな背景には、100年近く前に、または戦後、この国に移り住み、
必至になって働いた、日系人の努力があるんだ。

私が今回旅をするにあたって、
日本人という面において、苦労や差別を感じなかったのは、
そういった人たちのおかげなんだよね。

3日目: リマ⇒アレキパ
2009.02.21(10:34)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
houston_sky

夕方の便に間に合うよう、支度を始める。
結局最後の最後まで、バタバタしちゃった。

なんだか体調が悪い。
時差は二日で治したけれども、ノドがイガイガするし、
気持ち、お腹が痛い。

緊張しているのかな。

飛行場までの道、
メキシコ、モンテレー出身の運転手のおばちゃんと話す。

「私の息子、あなたと同じ年なのよ。
 イラクに3回も行ってね。
 だから、あなたのお母さんが心配する気持ちがすごくわかるの。
 母親は子供の決断に口出しするわけにはいかないでしょ。
 でも、心配は心配なのよ」

うん、わかってます。
本当に、親不孝者だよね、私。

ヒューストンから7、8時間のフライト。
ちょこっと南下するだけかな、なんて考えちゃったりもするけども、
こうやってフライト時間を見てみると、アメリカ大陸の大きさを、改めて確認させられる。

夜中12時過ぎにたどり着いたペルーの首都、リマは、
湿気が高く、気温も高い。
そうだ、ここは夏だったんだ。

ペルーにいる、そんな実感がなくって、
タクシーのを流れる街の景色も、メキシコのそれとあまり変化がないように思われて、
「あれ、自分は今、どこにいるんだっけ?」なんて思っちゃったとき、
ペルーの国旗が掲げてあって、
「あ、やっぱりペルーだったんだ」
なんて、変な感動を覚えたり。

私の3週間が始まる。
泣いても笑っても、3週間は3週間。
だから、笑っていられるように、可能な限り
努力する。

あぁ、もう1時半を過ぎちゃった。
寝なくちゃ!


2日目: リマ
2009.02.20(10:23)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
そういえば、

アメリカ IN していました。

甘やかしてもらいながら、体内時計の調節&荷物の準備。

金曜日には、現地入り。

不安 vs 楽しみ

やっと、楽しみのほうが大きくなってきた。

それはそうと、

キューバを3人で流れたときから、
すでに2年がたっていたんだね。

あの時も、本当にノープランで行ったんだけど、
なぜか、今回のほうが緊張する。

女一人だから?
もちろん、それも理由にあるかもしれない。
でも、それ以上に、
「絶対に安全でいなくちゃ」っていう意識が
昔に比べて、強くなっている、
そんな気がするんだ。

年をとるにつれて、
「守り」に入りやすくなってきているのかも。

もちろん、
最低条件は、
「命とともに帰国」

親に心配をかけて、
親族に心配をかけて、
知り合いに心配をかけて、
こんなにまでして、
自分が

「見たい」

っていう、欲求を満たすためだけに、
外にふらふら出かけていっちゃう自分は、

本当に
我儘

自己中心
って思う。

でも、

見たいんだもん。

それだけ。

さて、
体内時計を調整するために、
早寝しますか。

2009.02.19(14:25)|コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
borges

チリとペルーの国境近くにある港町、
アリカ。
そこでふらりと入ったサンドイッチバーで見つけた詩。
これがすべてを語っている気がするんだ。

Instantes
-Jorge Luis Borges

Si pudiera vivir nuevamente mi vida,
En la proxima trataria de cometer ms errores.
No intentaria ser tan perfecto, me relajaria mas.
Seria mas tonto de lo que he sido, de hecho tomaria muy pocas cosas con seriedad.
Seria menos higienico.
Correria mas riesgos, hara;a mas viajes, contemplaria mas atardeceres, suibiria mas montanas, nadaria mas rios.
Iria a mas lugares adonde nunca he ido, comeria mas helados y menos habas, tendria mas problemas reales y menos imaginarios.

Yo fui una de esas personas que vivi sensata y prolificamente cada minuto de su vida.
Claro que tuve momentos de alegria,
pero si pudiera volver atras, trataria de tener solamente buenos momentos.
Pero si no lo saben, de eso esta; hecha la vida, solo de momentos, no te pierdas el ahora.

Yo fui una de esas que nunca iba a ninguna parte sin un termometro, una bolsa de agua caliente, un paraguas y un paracadas.

Si pudiera volver a vivir, viajaria mas liviano.
Si pudiera volver a vivir, comenzaria a andar descalzo a principios de la primavera y seguiria asi hasta concluir el otono.

Daria mas vuletas en calesita, contemplaria mas amaneceres y jugaria con mas ninos.
Si tuviera otra vez la vida por delante.

Pero ya ven, tengo 85 anos y se que me estoy muriendo...

1日目: ヒューストン⇒リマ
2009.02.19(09:56)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
なぜ、旅をするんだろう。
理由は、考えればいくらでもあげることは出来ると思う。

でも、

見たい景色がある、
行きたい場所がある、

単純明快な理由。

それだけ。

マチュピチュに行ってみたい、
ウユニ塩湖に行ってみたい、
アンデスを見たい、

それだけ。

だから、行くことにしたんだ。

プロローグ -旅の途中へ見つけたもの-
2009.02.19(09:39)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
梅

東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ 
  ― 菅原道真
≫「東風」の全文を読む
2009.02.15(23:19)|趣味の世界コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
20090211235416


別に、今回の旅が、大それたものだ、というわけではなく、
就職する前に、行っておこうと思った場所が二つあって、
先月の中ごろに行ったのに比べると、随分と大きい、
という理由で、「大旅」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


≫「大旅準備中 2」の全文を読む
2009.02.12(02:42)|コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
yr11 formal

これは、高校二年の時の写真。
もう、8年も前の話しになるんだね。
色んなこと、たくさん、思い出せるのにな。


≫「私の高校」の全文を読む
2009.02.12(01:55)|友だちコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
親友が亡くなりました。


≫「山火事の、ニュースと現実、R.I.P. Mel...」の全文を読む
2009.02.10(11:24)|友だちコメント(3)トラックバック(0)TOP↑
20090203224214.jpg

やっと、
やっと口頭試問が終わり
(卒業できますように。。卒業できますように。。卒業できますように。。)

大旅の準備に入ります。

ペルー ⇒ ボリビア ⇒ チリ ⇒ ペルー

どんな旅になるのやら。

今回は、場所が場所だけに、
ある程度、準備が必要。

イエローカードは来週入手予定。
旅程もつめていかなくちゃ。

旅っていうのは、
こういう準備が大変でめんどくさいんだけど、
実は、一番楽しかったりもするんだよね。

2009.02.04(00:37)|コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
雪まみれになって
笑って
泣いて、
転んで、
転げあって。
踊って、
お菓子つまんで
くすぐり合って、
抱き合って。

英語と
日本語と
スウェーデン語と、
ジェスチャーと
アイコンタクトと、
そこの雰囲気。

そんな方法でコミュニケーションをとりながら、

でも、実は必死に
毎日を駆け抜けた。

愉快なスウェーデン人30名と
一緒に過ごした2週間。

雪山で、
時に、猿に襲われたり、
時に、寒さに震えたり、
時に、発作に対応したり、
時に、トナカイの燻製を片手にビール飲んだり。

キラキラしてた日から、
4年間。

オリンピックです。

スペシャルオリンピックス ワールドゲーム in アイダホ

普段は警察官、
でも、スウェーデンナショナルチームのリーダーであるステファンは
今年もアイダホで、
アスリートの横で、
コーチとして
監督として
時には、
親のように、
やさしく、少年のような笑顔をしているんだろう。

みんな、がんばれ!!!

そして、
勇気をありがとう。

必至にがんばる、
自分のためにがんばる、
他人のために涙する、

そういう、素直な姿、って
本当に、輝いていて、
大好き。

本当に、
がんばれ。

2009.02.03(22:31)|社会貢献コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
本日、口頭試問なり。

うぎゃ。

******

昨晩は、学科友達とのプチ同窓会。

このテンポ、この突っ込み、
常に相手を攻撃し続ける会話。
『だって会話はキャッチボールじゃなくてドッジボールだもん』
この人たちの中にいると妙に説得力のあるご発言…明言。

ボール投げには、いかないけど
せめて、当たらないように、
外野にならないように、
逃げまわる。

やっぱり、楽しいなぁ。

******

パワーをもらった。
(ある意味、吸い取られた)

******

結局、
泣いても、笑っても、
これですべてが(色んな意味で)終わってしまうわけなので、

とりあえず、笑って終えられるよう
頑張ってみます。
2009.02.02(08:39)|勉強コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
プロフィール

snoms

Author:snoms
26歳(♀)

小六~高校:約7年弱、南半球オーストラリアで暮らし、
大学:四ツ谷にある大学で学び、
「東京」の大学の大学院で、ラテンアメリカの経済で修士修了。
現在、東京のど真ん中で、日本の貿易の活性化に努める日々。

毎日が
最高に刺激的で、
最高に楽しい。

旅が大好きだけど、日本も大好き。
写真も大好きだし、読書も大好き。

「人」が大好きなんだ。
人との繋がりを大切に、そんな毎日。

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