Recent entries
2011/04/12 (Tue) イケてない一日

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--(--:--)|スポンサー広告||TOP↑
帰国してから、連日昼夜で誰かしらに会って、
お家でごはんが食べられたのは、今日だけだった。
そろそろ胃が痛いんだけど、
休む間もなく、明日から社会人です。

学生生活の間にやっておきたいこと、もっともっとたくさんあったんだけどなぁ。

二度と戻ることはない (その予定・・・)学生生活、
本当に充実していたな、と思う。

本来ならば、この辺で、もっと書きたいけど、
もう11時過ぎちゃった。

明日に備えて、もう寝なくちゃ。

目標は、素敵なキャリアウーマン。
仕事も、私生活も、100%楽しめるように。

きっとダイジョウブ。
だって支えてくれる人、応援してくれる人、
あと、素敵な職場の同期がいるんだもん。

自分を甘やかさず、
後悔なんてしないように
思いっきり
楽しく、

頑張っていきましょう!

そのみ

*****

そうそう、こないだ、久しぶりに伺ったお稽古、
(茶飯釜、なんていう楽しいお茶事をしたんだけど)
その時にかかっていた、お軸に書いてあった言葉

「忙中閑」

忙しい中でも、ホッと一息、
自分と向き合う時間だけは忘れませんように。
スポンサーサイト
2009.03.31(23:01)|社会人生活コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
修了式でした。

論文の口頭試問直後に国外へ。
金曜の夜に帰国し、修了式は月曜の朝一番。

論文審査の結果、合格していた、という連絡は友人から一応メールで受けていたけど、
自分の目では確認してない。
不安も残る中での修了式。

ガウンを着て、メインキャンパスへ。
諸事情で式には出ずに、写真を撮ってみる。

11時半から、所属先の研究科で行われる学位授与式に間に合うためには、
もう出なくちゃ。

まさしく、
「来た、見た、勝った 撮った」
by カエサル そのみ
状態。

まぁ、卒業式/修了式なんて、所詮シンボリックなもの。

それでも、来ることに意義があるんだろうね、
天気も最高で、絶好の卒業式日和。

満足満足。

********

本日は本日で、学部生の卒業式後、研究室全体で、打ち上げパーティ。
もうここにはいられないんだな、なんて考えると、
たったの2年間だけだったのに、この場所が愛おしく思えてくる。

なんだかんだで、この場所、好きだったなぁ、なんて。

********

「この二年間、どうだった?」
とある教授に、酒を片手に聞かれた。

指導教官が途中で退官(?)し、
後半の1年間は、指導教官なしで論文執筆をする、なんていう
イレギュラーな状態で、
もちろん、私の執筆状況は最高とは言えなかったのかもしれない。

それだけが、少し心残り。

もう少し、自分での勉強がちゃんとしていれば、
あと少しだけマトモな論文が書けたのかな、なんて思うし。

ただ、この二年間で得たもの・生み出したもの、というのは、
目に見える形では、しょーもない論文一本だけだけど、

それ以上に、
例えば、ロジカルシンキングであったり、理論であったり、そのほかの知識であったり、
というものを、身につけたと思う。
それに、
この学校の人たちと触れ合うことで、
私は大きな刺激を受けていたことには間違いない。

この学校が影響しているかは分からないけど、
この二年間で、
日本の経済・政治・宗教・文化・社会、
そういったものを、
例えば、旅先で外国人に聞かれた際に、自分の意見を、それなりに言えるようになった、

それは、この二年間で成長したこと、
そう思うんだよね。

********

この二年間、アカデミックな面で得たものは、
少ないのかもしれないけど、
人間的な成長、という面から見れば、
2年前に下した決断は、間違いなかった、
そう断言できるんだよね。

あ、あと、
たくさん、旅行できたし。

【国内】
・大阪 ・屋久島 ・小笠原
【国外】
・タイ ・アメリカ ・メキシコ ・グアテマラ ・ペルー ・ボリビア ・チリ

********

そんなわけで、
あと1週間で、学生生活に終止符を打たなければなりません。

毎朝、満員電車に耐えられるのか、それだけが心配だけど、
社会人になる準備はできている、
そんな気がするんだよね。

少しずつ、スイッチを入れ替えていかなかなくちゃなぁ。

********

2年間、お世話になりました!

2009.03.25(01:14)|勉強コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
あっという間の3週間。

途中、すごく寂しくなったり、
なぜ、一人でこんなところにいるんだろう、って不思議がってみたり。

二度と一人旅や、バックパックをするもんか、って思ったりもしたけど、

最終日、バックパックの中に、すべてのものを詰め込んでみると、
薄汚れたバッグが、とても愛おしく思えてきて。

あぁ、またこのバッグを背負って、どこか歩きに行きたい、
って思ったり。

体を壊したり、
水シャワーを浴びたり、
虫にかまれたり、

女を捨ててるのか、って思ってみたりもしたけど、

私はやっぱりバックパックが大好きで、
きっとまた、
シャツ何枚と、フリースと、カーゴパンツをつめて、
夜、宿で洗濯をする、なんて生活を送る日が
くるのかもしれないな、なんて思ったり。

旅最高。
世界、って広いね。

次はどこにいきましょうか!

ぼちぼちと、旅日記を更新していきます。
2009.03.14(23:18)|コメント(4)トラックバック(0)TOP↑
旅の最終目的として、
デザートとして、
たどり着いたマチュピチュ。

ただ、そのデザートにたどり着くために、
私がとった方法は、

一般的な、
クスコから列車とバスを使う日帰り方法ではなく、

マウンテンバイク40km、歩き42kmというルートを
3泊4日かけて消化する、という方法。

なんの修行してるんだろう、
なんて頭をよぎる瞬間もあったけど、

ただ単に
「マチュピチュを見た、マチュピチュに来た」
という以上の
「マチュピチュにたどりつけた、自分の足で来た」
という
とてつもない達成感と感動を得ることが出来た。

うん、でもやっぱり苦行だったけどね。

楽しかった。
苦しみを楽しく感じてしまう私は、
やっぱり精神的Mなんだろうなぁ、なんてね。

さて、リマに戻ってきました。

あとは、ゆっくりと休むだけ。

ここ5日間、睡眠時間も少ないしね。

デザートにマチュピチュが添えてあった高級料理の
フルコース食べて、お腹いっぱい、

そんな満足感で満たされています。
2009.03.12(02:17)|コメント(4)トラックバック(0)TOP↑
朝4時起床。
緊張と興奮で眠れなかった。
今日は、ついにマチュピチュにたどり着くんだ。

「想像してごらんよ、きっと月明かりに照らされた山道を登っていくんだよ」
マチュピチュまでは村からバスが出ているけれど、もちろん歩きのコースもある。
「それってきっとすごく感動する道だと思う」、そんな思いをチリ人に伝えていたら、
「ロマンチストだね」って笑われた。

でもね、真っ暗闇の中、山と山の間に星が見えていて、
所々で、蛍が、チカ、、チカって光り、フッて消えていく様子は、幻想的すぎて、泣きそうだった。

もちろん泣きそうな主な原因は、道が苦しすぎた、ってのもあるんだけれど。

マチュピチュまで、約1時間、ひたすら階段を登っていく。
頭の中で「インカのバカヤロー」って何度叫んだことか。
でも、人間とは不思議なもので、いつかはちゃんとゴールにたどり着くんだから、すごいよね。

達成

ツアーを申し込んだときに、「うちのツアーでは日本人は初めてだ」って言われたけれど、なんとなく意味がわかった気がする。
だって、この日「歩いてのぼってきた組」には日本人どころかアジア人さえみかけなかったもん。
あるき組

6時になると、バスでやってきた組がどんどんたどり着く。
そんな彼らを前に、少しだけ優越感、そして達成感。

バス組

だって私たちは彼らが見ることの出来なかった風景を見ながらここにたどり着いたんだから。

6時にゲートが開くと、一斉にワイナピチュにむかう。
マチュピチュの反対側にそびえ立つこの山にのぼると、マチュピチュ遺跡が一望できるんだ。

ワイナピチュへ

入山制限がかかっているこの山への整理券を入手した後は、遺跡のツアー。
スペイン語なまりの英語をきくより、せっかくだからスペイン語を選んだほうがわかりやすい、そう思ってスペイン語ツアーにしたけれど、
連日の疲れと、昨晩の寝不足と、今朝の運動量で眠気マックス。
それに加えて、血糖値が下がってて、集中力が続かない。
ベンチの上で体育座りで一寝入り。

朝日がさす

でもやっぱり、朝日がだんだん遺跡を照らしていく風景や、

カミソリも通らない

カミソリ一枚も通らない緻密さでつみあげられた石の塀に

感動してしまう。

私たちが入手したワイナピチュ入山チケットの時間は10時からの回。
ここに車での予習でしらべた限りでは、ワイナピチュの頂上までの道は、「本当に苦しい」らしくて、
どれだけ苦しいのか、ビビッていたのだけれど、
フタをあけてみれば、トレッキング1日目や、今朝のマチュピチュまでの道のりに比べれば、
簡単な岩登りでした。

目安はだいたい1時間。
私は、9:58に入山して、10:25に頂上だったから、なかなかの好記録。
これも、日々アルプスを登っているベルギー人や、エクストリームスポーツが趣味のブラジル人と同じペースで歩き回ってきたおかげかしら。

ワイナピチュのてっぺん

10時入山組の中では、トップでの頂上。
まだ誰もいないワイナピチュのてっぺんを堪能。
今朝のぼってきた道が、眼下に見える。
本当にマチュピチュに来ちゃったんだなぁ、と実感。

マチュピチュへの道

マチュピチュ遺跡の反対側には、マチュピチュ山が見える。
噂によると、ワイナピチュより景色がよくて、登りがいがあるらしい。
でも、2時間の山道をのぼるほど、私の体力残ってるのかしら。
そんな心配をしながら、人が増えてきたので、ワイナピチュを下山。
とりあえずマチュピチュ山に向かっていく。

でもね、やっぱり途中でリタイヤ。
だってね、段々畑の風景気持ちよかったんだもん。
風が吹き抜けていて、さわやかで。
腿ももう動かなかったんだもん。ここが私の限界だったんだろうなぁ。

「ちょっとマチュピチュ山のぼってくるよ」そういって去っていったベルギー人は、やっぱりさすがだね。

昼寝


私は、人が少ない段々畑のてっぺんで、再度お昼寝。
マチュピチュで昼寝するなんて贅沢だなぁ。

日本人が本当に多い。
それこそ、老若男女、学生から、おじいちゃん・おばあちゃんたちまで。
びっくりしちゃう。

それにしても、インカってすごいや。
カミソリ一枚さえ通らない石、って聞いても、信じていなかった。
けれど今、目の前にしてみると、針も通らないんじゃないかしら。

知ってる?
地震が起きたとき、クスコの町にあるコロニアル調の建物は崩壊してしまったけれど、
インカの技術で作られた建物は、現存しているんだって。

マチュピチュ


この3週間、いろんな場所に行って、いろんな場所を見てきたけれど、
マチュピチュを最後にとっておいて、正解だった。

ただ単純に列車で来ただけなら贅沢な私のことだから、ここまで感動はなかったかもしれない。
自分の足で苦しい思いをしてたどり着いたからこそ、感動・・・それ以上に、達成感が大きかったんだろうな。

マチュピチュを見る、というより、マチュピチュいたどり着くというのがゴールになっていたから。

もちろん、マチュピチュ山に登れなかったのは、悔しいし唯一の心残りだけれど、
楽しみは、少し次回に持ち越しておいた方がおもしろいしね。

芝刈り機

さて、観光客の数が減ってきた。
放牧されている芝刈り機=リャマたちも、一カ所に集められ始めている。

いまだに、昔からテレビや写真で見てきたマチュピチュに自分がいることが信じられないけれど、
そろそろ、ツアー仲間との待ち合わせ時間。

残り90分の時間、後悔だけはしないように、この不思議に満ちあふれたパワースポットを歩き回ってみます。

20日目: クスコ⇒リマ
2009.03.10(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
なぜか早く目が覚めて。
でも、同室のブラジル人とチリ人はまだ夢の中。
起こさないように、そうっと外に出てみる。
周囲の山々に靄がかかっているけれど、朝日に照らされるについて、晴れて行く様子は本当にamazing。
風邪は相変わらず良くならない。鼻がつまっているし、夜中に何度も咳で目が覚めた。
今日は大丈夫かな。

日本にいる時、私はこんなにゆっくりとした時間を過ごしたことがあったんだろうか。
いつも音楽やら、テレビやらネットやら、常に動いているものや、空気を不規則的なリズムで規則的に動かすものの近くにいた気がする。
もっと、今みたいに自分と向き合う時間を作らなくちゃ、自分がかわいそうなのかもしれない。

自分のアイデンティティを確立させていかなくちゃ、ね。

大きな組織に組み込まれる最後の悪あがきで、自分が誰なのか、何を考えるのか、もう一度真っ正面から向き合った後、
やっと起きてきたみんなと一緒にスタート。

今日のメニューは昨日に比べれば「ドラマ」が少ない。
ひたすら、線路沿いを10数キロ歩き続けてみた。

線路

でもね、線路道って意外に難しくて。
不規則的に枕木が並んでいるから、集中力を切らすと、転んでしまうんだ。

それに、橋だって、足を踏み外したら大変なことになることだって、あるんだもん。

線路をわたる

ひたすら歩いて歩いて歩いて歩いて。
休んで、歩いて歩いて歩いて歩いて。
最初の30分は苦しいけれど、リズムに乗ってしまえば、無意識に。

普通のルート、つまり列車を使えば、随所随所のポイントはおさえることが出来るけれど、
私たちは、すべてのポイントを感じることが出来るんだ。

一歩一歩足を前に出せば、
時間はかかるかもしれないけれど、確実に自分のたどり着きたい場所に行き着くことが出来るんだって気づけた。

世界は離れ小島の集まりなのではなく、
すべて、線でつながっているんだね。

負けないで、ゆっくりでもいいから足を前に出せば必ず前に進める。
当たり前のことだけれど、気づけてよかった。

そしてたどり着いたアグアスカリエンテ、通称、マチュピチュ村。
クスコからの汽車もここにたどり着くし、
マチュピチュに1番近い村。
観光客がいっぱいだし、お土産物屋さんもいっぱい、
人がたくさんいて、なんだか目が回りそう。

明日の準備として、水やらビスケットやらを買い込んでみる。
ほら、マチュピチュにはお店どころかトイレもないしね。

夜、最後の晩餐をみんなでする。
よくわからないけれど、ペルー人がアグアスカリエンテからクスコに戻る際は、
始発の列車しか乗ってはいけない、という規定があるため、
ガイドのホルヘは、マチュピチュには一緒に行けない。
つまり、今夜がみんなで一緒にいられる最後の日。

仲間

私、この仲間と一緒に過ごせてよかった。

明日あと一日、がんばろう。

19日目: トレッキングツアー 4日目

2009.03.09(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
朝ご飯は6:30。
昨日の水シャワーが原因か、風邪が悪化した気がする。鼻水と咳が止まらない。

今日のスケジュールは、今いる標高1300Mから3000Mまで移動すること。
18KMを7時間~8時間かけて歩くんだ。

感想:「めちゃくちゃ苦しかった。今までの人生で最も苦しい出来事の一つだったかも。苦しいというより、painful。痛みがともなってました」

洪水で町が流されて廃墟となった町を抜けるゆるゆるとした道を1時間歩いた後、
とうとうインカ道へ。

camino del inca

地獄の時間の始まりです。
こんな坂道見たことない。
角度があまりにも急すぎて、ハムストリングがめちゃくちゃ痛くなる、なんて経験、今までにしたことないよね。

自分の意思とは逆に、体が動かないの。
頭では、「登れ!」って言っているのに、体が「NO!!」って拒否。
それでも、一歩一歩、確実に足を前に出して登っていったのだけれど。

でもね苦しみを伴わないと見られない風景っていうのもたくさんあったんだ。

インカ道の景色2

インカ道は、幅1Mの崖道なんだけれどそこから見えるのは、まさしく絶景。
インカ道の景色1

谷の間を抜ける風で、汗がひいていくのがわかる。

インカ道からの景色4

もちろん、踏み外したらサヨウナラ、だから、気をつけなくちゃ。

インカ道から下を見下ろす

途中で休憩。
もちろん、観光スポットなわけだから、こんな所にお店が。
本当はこういうの嫌いなんだけれど、こうやって冷たいお水が飲めたり、
休むことが出来るのが、うれしい、なんて思っちゃう私はやっぱり都会っ子。

borracho1
良い飲みっぷり。
borracho2
プハーなんて声が聞こえてきそうだけれど、
borracho3
最後は、夢の世界へ。

こんな風にいやされて、さて行きますか。

BGMには、ボブ・マーリーのGet up, Stand upがタイムリーに流れて来る。
『誰のチョイスなんだろう』ベルギー人が笑う。

うん、まだがんばれる、
途中で根はあげません。
あさって、マチュピチュに着いたとき、その感動の大きさを想像するとがんばれる。
だって、普通じゃつまらないもん。

後半の道は比較的簡単。
吊り橋2

雑談をしながら、ひたすら歩き続ける。
だんだん標高が低くなって、湿気がが出てきて、暑さもすごくなってきた。

登りだった前半に比べて後半は苦しくはないけれど、日本ではなかなかお目にかかれないくらい、あり得ない下り坂だから、
逆に、膝が痛い。
あ、きっと足の爪はがれてる。

いい加減つかれてきたところで、温泉に到着。
温水プールみたいに巨大な屋外天然温泉に飛び込み、今日のメニューは終了。

宿近くのレストランでみんなと一杯。
昨日まで、赤の他人だったツアー仲間の間に絆が生まれてきたのも感じる。

また明日もたくさん歩きます。
つらくて苦しい一歩一歩だけれど、
同時に終わりに近づく一歩一歩と感じると、とても寂しくなってくる。

決して寝心地の良いベッドではないけれど、
ぐっすり眠れそうです。

18日目: トレッキングツアー 3日目
2009.03.08(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
the beginning

標高4300メートルから、一気に1300メートルまで自転車で駆け下りる、
なんて経験、
一生に一度、あるかないか、だろうね。

かけおりる

アンデスの景色

トレッキング1日目の今日は、40キロメートルのマウンテンバイキング。
舗装されていない道をただひたすら走る、というのも、結構きついことで、
夕方、案の定、私の腰は悲鳴をあげていた。

my 自転車


アンデスの道を、最高に早いスピードで下るのはすごく楽しかったけれど、
最後の3時間は、直射日光の下のジャングルで、ひたすらペダルをこぐ。
お昼ご飯をちゃんと食べておかなかったことを後悔。
次回からは、食べておけるときに、ちゃんと食べておこう。


これから4日間一緒に過ごす仲間は、
ブラジル人、チリ人、フランス人2名、ドイツ人、ベルギー人、私の計7名。
それに、イケメンガイドのホルヘ。私とタメのせいか、話がし易い。それだけでテンションがあがります。
みんなスペイン語はなせるから、共通言語は、スペイン語。個人的に会話するときは英語だけれど、
グループのときはスペイン語。こういう柔軟さが好き。
それに、同室になったブラジル人とチリ人と会話するときは、スペイン語とポルトガル語がごちゃ混ぜになる。
もうカオス。
最初はまったくわからないポル語だけれど、スペイン語との規則を見つけると、
意外に理解できちゃうから、不思議だね。
コミュニケーションって「伝えたい」っていう意思さえあれば、案外簡単なことなのかもしれない。

アンデスの山からジャングルまでの風景や植物の変化を見るのは、本当に本当に素敵だった。
世界には、見たことのない景色が本当にたくさんあるんだ。

マチュピチュに行くのなんて、クスコから電車一本でいいわけで、
あえて苦しくて大変な方法を選んでしまったんだけれど、
こうやって、想像することもできなかった風景を見ることが出来るだけでも、
この大変な方法を選んだ価値はあるのかもしれない。

ちなみに、今日のシャワーは水。
水シャワーを浴びるこつは、「シャワー」と考えないこと。
水の中に飛び込んでいるんだ、って考えればいいんだよね、きっと。

・・・それでも、あいかわらず水シャワーは苦手です。
熱いお風呂に入りたい。

明日は、6時起床で、18km歩くらしい。標高1300メートルから3000メートルまで上ります。
大丈夫かしら。。

17日目: トレッキングツアー 2日目
2009.03.07(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
気付いてみれば、旅も残すことあと1週間。

やっと,ペルーのクスコに辿りつきました。

空路で移動すればあっという間だけれども,
チリを、そしてペルーを陸路で移動すると,その大きさに本当に圧倒される。

そしていくら走っても窓からみえる風景に変化は見られず,
どこまでも砂漠が続いてる。

砂漠っていう漢字には、さんずいが入っていること,
今回初めて気付いたんだ。

でも例えるならば、砂の海にも見える砂漠に
沈んでいく夕日、
そして明け方、真っ暗闇だったところを少しずつ明るく染めあげていく朝日
その風景は本当に涙が出てきてしまうほど。

今回、多くの美しいものを見てきた。
その多くが、バスの窓から見た風景であったり、ふと振り返った時に見えた町並みであったり、丘をかけ上った時に息を切らしながら見ることのできた地平線であったりするんだ。

でも、ときに 時に寂しくなるのも現実。
この感動を誰とも分かち会えない、という状態に耐えられなくなって、
時に歌ってみたり。

そろそろ独り旅も卒業なのかな、って思ってみたり。

あさって、マチュピチュに行こうとおもう。
あくまでも予定にしか過ぎないけど。

あと一週間、気合い入れて、体壊さず、
楽しんでこよう!
2009.03.06(23:17)|コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
7:53am クスコのプラサ・デ・アルマのカフェのテラスにて
テラスからの眺め

お腹下り虫の除去作業完了!
結局薬を3回も飲むはめに。こんなに手強い相手は初めてだったけれど、なんとか勝ちました。
良かった良かった。

やっぱりファーストクラスのバスを手配していたからなのかもしれない。
食事がでたり、ビンゴゲームが開催されたり、映画上映(でもC級、しかも爆音)されたりしていたけれど、
具合悪さマックスだったから、クスコ行きのバスは、爆睡。
おかげで、爽快。

バスの中で見た、砂漠に落ちる夕日と、
クスコの町並みを照らす朝焼けが最高に美しかった。
今回の旅の絶景集にはいるかも。
それにしてもよく移動してるな、って思う。
明日はどうしよう、何をしよう、それを考えながら、「自分のやりたいこと」と「自分に残された時間」を計算しながら動いていく、っていうのが、旅の醍醐味だと思うんだ。

さて、しっかりと朝ご飯を食べたあとは、やっとおきだしたクスコの町散策に出かけよう。

たまたま同じタイミングで南米を私と逆回りで旅している同期に会うまでの時間、
この迷路のような町を歩いてみる。

ひやかしに入ってみたトレッキングの店で、
日程的にトレッキングが可能なことが発覚。
これはやらない手はないよね、普通にマチュピチュに行ったって面白くないわけだし。

値段的にも、普通の方法で行ったら、宿泊だけで80ドルかかるし、移動費だって、食事代だって。
なにより一人だから寂しいじゃない。
トレッキングツアーに参加したほうが、仲間がいるし、値段的にも苦しくないし。
なにより、寂しくないし。

衝動買いならぬ、衝動申し込み。
3泊4日は結構長いね。大丈夫かしら。

さっきまで、クスコでゆっくりして、列車でマチュピチュに向かう予定だったのに、
本当、行き当たりばったり過ぎの自分の行動に、ちょっぴりだけ驚く。

セントロを見下ろす

同期と落ちあい、お昼ご飯。
来月から一緒に働く仲間とこうやって南米のどこかで一緒にお昼食べているなんて、
なんだか不思議な感覚、でも、嫌ではない。

せっかくだから、ちょぴり豪華に、と思ってセントロを望むレストランで、
アルパカ肉を食してみる。

どうせ、カンガルー肉やワニ肉の類いで、物珍しさだけだろう、って思ったら、
びっくりびっくり。すごく柔らかくてクセがなくて、脂っこくなくて、おいしい。
ごめんよ、ミラバケッソ。。君がとてもおいしいということを知ってしまいました。

アルパカ肉

このまま、また旅だっていく同期を見送り、クスコの町散策再会。
クスコの町は、あちらこちらに、プラサがあって、それぞれが別の顔を持っているから面白い。
普通は、一つの町に一つのプラサなのにね。

San Blasが一番すきだな。
セントロから10分しか離れていないのに、静かで、想像しいセントロとは全く違う雰囲気が漂う。
アーティスティックで、とっても穏やか。

この「歩いているうちにどこに向かっているかわからない感覚に陥る」とことか、
「一カ所にいるとほかの場所が見えない」とことか、メキシコのタスコに似ているかも。
ただ、このクスコの方が100倍も入り組んでいるけれどね。

クスコの石

タスコは、人工的な美しさ、たとえば、電灯とか、建物とか、テラスとか、
そういったところが素敵なんだけれど、
クスコは、、もっと、、独特。
とても計算しつくされている気がする。
反対側に見える山並みが一番きれいに見えるような演出とか、
石の塀とか。

本当はもっとこの町にいたいよ。
次にくる機会があるならば、もっと長くここに滞在しよう。

クスコで迷子

それにしても、観光客がおおいなぁ。
私もその一人なんだけれどもね。

16日目: トレッキングツアー 1日目

2009.03.06(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
最高に具合が悪い。
どうやらお腹下り虫が発生した模様。
明け方、自分のお腹の音で目覚めてしまった。お腹ってこんな音をたてるんだなぁ。。
頭は重いし、体は熱いし、お腹は痛いし。

たとえば、ラパスの一番ホテルに戻れば、日本語だし、白いおかゆ食べられるし、
きっと心強いのかもしれない、

弱い自分がつぶやいているのが聞こえるけれど、聞こえないふりをして
だるい体に鞭を打つ。
甘い紅茶を飲んで。
とりあえずお腹下り虫を暴れさせていると脱水症状になっちゃうから薬を飲んでおく。
今日はバスに乗っているだけだから。
喉は、自然治癒力を信じて、マスクを準備。

アリカのターミナルで、ペルーとの国境越えが出来るタクシーにのりこむ。
ターミナルの外では客引きが半額の値段で乗せていくよ、なんて騒いでいるけれど、絶対嘘。
きっと国境近辺でおろされちゃうんだ。

タクナまでの道は、ただひたすら砂漠。
砂漠はかわらないのに、そのど真ん中に見えない線がひかれているんだね、
国境って変な存在。

チリに比べると、ペルーはやっぱり貧しいのかもしれない、
陸路で移動して初めて気づく、二国間の差。
もちろん、この意見には、私の偏見も入っているので、6割引でお願いします。

9:48am タクナ(ペルー)のターミナルにて
キューバの旅でRemediosにいた時に、
「私の根っこは日本にあって、私にとって大切なものは家庭なんだ」って気づいた。
今回の旅をしていても気づいたことがあるんだ。
「そろそろ一人旅は卒業かな」って。
感動をわかちあえる人、心配を半分に出来る人、悲しみを吸収してくれる人、
そういった仲間も大切だな、って。

ウユニで一緒だったFrankとKirstyを見ていて、
16年間も付き合っている二人の姿がとても美しかったんだ。
人生のパートナーにおいて大切なのは、根っこの部分でとても近い価値観を持っている、ということなのかもね。
なんか、そんな気がしてきているんだ。

そうそう、ペルーに入ってから、Keiko Fujimoriについてのプロパガンダをよく見かける。
ラテンアメリカの人たちには、よく「そのみはKeiko Fujimoriに似ている」って言われるんだけれど、
それって、ほめられているのか、けなされているのか・・・
でも、ボリビアのバスの中でも日系人に間違えられたし、ペルーでもペルー人に間違えれた。
ウユニのKirstyからは、「そのみがアジア人はわかっていたけれど、日本人だとは思わなかった」って。

いくら着物を着て、お茶をして、きれいな日本語を話す努力しても、やっぱり「純日本人」に見えないのが、私あのかもしれないね。

10:10am
バス出発時刻まであと2時間半もある。
このターミナルからは出ないけれど、お腹下り虫が暴れだしませんように。。

15日目: クスコ
2009.03.05(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
朝の9時に起床。
具合が最高に悪い、けれど、寝ててもどうにもならない。
本能的にそう察して、着の身着のままだった体を起き上がらせる。

朝の4時20分、バスの中の電気が一斉についた。
隣のおばさんに聞いてみれば、「アリカ」の一言。
そんな・・・外はまだ真っ暗、漆黒の闇。
イキケでは、「6時到着」って言われたのに。

半泣きしても、バスは着いてしまい、私たちはおろされちゃうわけで。

荷物をおろしてくれるバスのおじさんに客引きをしているタクシーの安全の確認をしてみたら、
笑われちゃった。
だって、私の旅のテーマは安全第一だもん。

無線タクシーに乗り込んで、運転手に宿を探してくれるようにお願いする。
お子さんたちが、日本アニメにはまっているらしく、陽気に話してくれる。
・・・私は眠いんですが。

連れていってもらったホステルで、宿の人を起こしてもらい、チェックイン。
そのままバタンキュー。
5時過ぎに叩き起こされた宿の人、本当にごめんなさい、そしてありがとう。

仮眠を取ったあと、宿と契約している運転手が5000ペソで町を案内してくれる、
ということで、甘えてみる。
その金額が、1時間あたりの値段だと発覚したのは、4時間後。
20000ペソ=40ドル・・・この国は高いです。

アリカは、世界で一番降水量が少ない町。
というより、雨が降らない町。
港町でこんなに栄えているのに、本当に不思議。

町案内は結果的に高くついたけれど、この町の貧富の格差だとか、歴史だとか、
隣国ボリビアとの関係だとか、南北に長いゆえの国の特徴だとか、
おもしろい気づきがあったらか、まあ良しとしてみようか。

「明日、ペルーのクスコまで移動したいのだけれど、どうすればいいんだろう。」
町案内をしてくれたおじちゃんに聞いたときは、
「明日の夜の6時に出発すればバスが出てるよ」って言っていたけれど、
念のため確認しておかなくちゃ、
そう思って、セントロでおろしてもらった後、旅行代理店に立ち寄ってみる。

「明日、クスコまで行きたいんだけれど」
「昼の11時にチリと国境を接しているタクナ(ペルー)からクスコ行きのバスが出ます」

・・・
危ない危ない。 また1日棒にふって大変な思いをするところだった。

せっかくだから、Cruz de Sur(ファーストクラス)のバスを予約。
だって、どうせまた12時間乗ることになるんだし、そのくらいの贅沢は許されるでしょう。

アリカのサンドイッチ屋

昼ご飯に、と思って立ち寄ったサンドイッチ屋では、
オーナーと話し込む。
ラテンアメリカの政治の話、フジモリ政権の話。このあたりは勉強してたし、だいたいわかる。
でも、
長崎や広島の話、天皇制について、矢継ぎ早にくりだされる質問の数々に、残念ながら私は答えることが出来なかったんだ。もっと勉強をしなくちゃ。
ここのサンドイッチ屋さんで、この詩に出会ったんだよ。

ちなみに、チリの人は本当にアイスクリームをよく食べる。
私も便乗して、アイスクリーム屋さんで日記を綴る。

おじいさんが一人近づいてきて、私に訪ねる。
「何語はなせる?」

日本語と英語とスペイン語、そう答えると、
「Te Quieroはなんて言うの?」
教えてあげたら、
「アイマラ語とケチュア語ではね・・・」

随分とお年をめされているせいか、同じ質問を2回した後、去っていった。
・・・それより私はおじいさんの鼻からポタポタと鼻水がたれているのが、
気になってしょうがなかったんだけれど。

アリカの町

アイスクリームを食べ終わったのが、17:20。
今日の夕日は、20:00頃。
海辺できれいな写真を撮りたい、そう思ってたから、
テクテク歩き回ってみる。

アリカの夕日

昨日もそうだけれど、どうしても夕日を見ると、
走れメロスを思い出してしまう。

きっと、この先もずっとそうなんだろうなぁ。

明日はいよいよペルーに戻ります。

14日目: アリカ⇒タクナ⇒アレキパ⇒クスコ
2009.03.04(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
9:37am サン・ペドロ・デ・アタカマの広場にて
この町にいると、体中の水分がどんどん抜けていくのがわかる。
なんだか、ここの雰囲気は私にあわない、
悪いところじゃないし、朝の雰囲気はオーストラリアの朝に似ている
でも、いればいるほど寂しくなる。
そういう場所。

気分がすぐれないのは
山火事で、亡くなってしまったメラニーと、
メルボルンの親友のみんなが夢に出てきて、
そして、自分の涙の冷たさで目覚めた、
そのせいなのかもしれない
とにかく、この場所にいる必要はない、
そう感じるから、すぐ行動に移してみよう。

12:35pm サン・ペドロ・デ・アタカマのターミナルにて
本当にカラカラ。ここは砂漠の町なんだ。
このカラカラの町のバスターミナルで、宮沢賢治の「永訣の朝」
を読んでみる。
カラカラの中で読む、雪の舞う朝のシーン、
涙が止まらない。

砂漠


16:21pm カラマのターミナルにて
とりあえずカラマまで出てきたけれど、イキケまで移動しよう。
次のバスが出るまであと2時間。
今日は、イキケでストップかな。
宿を探さなくちゃ。

23:00pm イキケのターミナルにて
イキケ到着。
ただ予算が底をつきはじめていることと、
何より、窓から見えたここの雰囲気があまり好きじゃないので、
このまま去ること決定。
バスがなかったらどうしようと心配だったけれど、幸いに23:56pm発のアリカ行きバスがあったから、1時間後にまた出発です。
そろそろおしりが痛いけれど、しょうがないよね。
アリカには、朝の6時に到着する予定だから、明るい中で宿探しが出来るしね。

それにしても、チリは本当に細長い国だ。
カラマからイキケまでの道のりも、ただひたすら、右は山、左は海の道を走り続けてきた。
夕暮れは、左の海に真っ赤な太陽が沈んでいく、その風景は絶景。

今日はもう移動の日って決めた。
こういう日があってもよいよね。

そろそろまたバスに乗り込まなくちゃ。

窓にうつる夕日

4:52am アリカに到着。
予定時刻の6時よりもはるかに早い。
とりあえず、ホテル/ホステル探さなくちゃ。
それにしても、ここはどこ?

13日目: アリカ
2009.03.03(10:00)|コメント(1)トラックバック(0)TOP↑
【標高6000m→2400m】

「サン・ペドロ・デ・アタカマの町から約3km、かつてはインディオたちの要塞だったPukara Quitorのmiradorにて。
最高に気持い! (中略)登ってくるのは最高に苦しかったけれど、(眩しいし、感想しているし、疲れているし)、この風景を見たら許せちゃう。
Canyonを見るのは初めてかも。
風が絶え間なく吹いていて、光と影がくっきりと、その境界線を見せている。
アタカマ砂漠が反対側に見えていて、地平線が青白くぼやけている。
雲も続いていて、ところどころ雨が降っているのがわかるんだ。
崖っぷちに行けば何十メートルも一揆に落ちている。目の前に広がるCanyonの級な岩肌にまで、砂を運んでいて、場所によて一つの巨大な砂山に見えるんだ。
ここまは今まで見た中でも最高の景色の一つだね。確実に。
自分の足でやってきたことを差し引いても、360度に広がるこの景色は、叫ぶ以外に何も表現できない程の感動を、私に与えるんだ。
何分でも何時間でもこの絶え間なく変化し続ける景色を眺め続けることができる・・」


完璧な防寒の格好でバスに乗り込んだ私は、数時間後、砂漠の町、サン・ペドロ・デ・アタカマに到着した。
まずは脱皮作業。
ダウンジャケット、フリース、長袖、八分丈を脱ぎ、シャツだけになる。
このカサカサな場所で、泊まれる場所を探さなくては。

残念ながら、ハイシーズン、安宿はどこもいっぱい。
ボリビアで宿泊していた宿の10倍以上もする宿を確保。
事前にチェックしなかった私の責任です。

さて、何をしよう。

噂の月の谷、とやらに行こうと思ったけど、チリでサマータイムが導入されていることを知らず、
バスを逃す。
ならば、と自転車をレンタル。
サン・ペドロ・デ・アタカマ1

月の谷まで行こうとしたら、ショップのおじさんに止められた。
「僕だってたどりつけないんだから」
サン・ペドロ・デ・アタカマ2


早起きの疲れも出てきているし、無謀はやめておこう。

サン・ペドロ・デ・アタカマ3

Pukara Quitor -プカラ遺跡-は、昔アタカマ族が侵略者たちから
自分たちを守るために作った要塞。

石造りのそれを上るには、かなりの根性が必要。
でもね、その絶景は、本当にそれだけの価値があるもので、
何時間でもずっと眺めていられたんだ。

サン・ペドロ・デ・アタカマ塔
『神よ、なぜ我々を見捨てるのだ』と刻まれた塔。

絶景を前に、ただただ座り続けてみる。
サン・ペドロ・デ・アタカマ6

でもね、日も傾いてきたから、帰らなくちゃ。
サン・ペドロ・デ・アタカマ7

サン・ペドロ・デ・アタカマの町に戻れば、
真っ暗。
あ、町全体が停電している。

真っ暗な中シャワーを浴びるのは、
いつか見た、ホラー映画を彷彿させて、少し怖いのだけれども、
久しぶりに、ふかふかのベッドでゆっくりと眠ることができそうです。

12日目: サン・ペドロ・デ・アタカマ⇒カラマ⇒イキケ⇒アリカ
2009.03.02(11:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
【標高4800m→6000m】

4時起床のアラームがなる瞬間、
目が覚めた。
気配を感じたのか、全員が起床。
なんて、規律正しいグループなのかしら。
他のツアーはみんなまだ寝ているのにね。

高度5000メートル近くの場所から見る夜空は、
信じられないほどの星が見えた。
うかうかしている時間はない、
だって、私たちには行かなくてはならない場所があるから。

ウユニ3日目朝日

硫黄の匂いがする。
近くの間欠泉からだ。

ウユニ3日目温泉

温泉も出てるけれど、
日本人の私にとっては、少しだけぬるいかな。

屋外で朝ごはんを食べた後、ついに6000mまでやってくる。

ウユニ3日目lago verde

ラゴ・ベルデ‐緑の湖‐のその色は、
昔どこかで見たことがある、そんな色だった。

そう、小学生の時、図工の授業で絵具を使った際、
筆を洗うためのバケツに残った色に似てたんだ。
この絶景を前にして、そんなことを思ってしまうのは、ロマンがなさすぎかしら。
でも、考えようによっては、原色では表すことのできない、
様々な色が、複雑に混ざり合った時に、はじめて生まれる
奇跡的な色、そういう風にもとらえられないかな。

ラゴベルデ顔

深い緑。
でも、「緑」という言葉で表しきれない色。

そして我々は、ボリビアとチリの国境に。
私のパスポートにはすでにボリビアの出国スタンプが押してある。
ウユニの町では、ここでの国境越えをする観光客のために、
粋なはからいをしてくれるんだ。
なんとも南米らしい逸話ではあるんだけど。

チリ・ボリビア国境

さて、ツアー仲間とはここでお別れ。
3日間ありがとう。

ここからは、また一人です。

気持ち新たにして、チリ サン・ペドロ・デ・アタカマ行きの
バスに乗り込みます。

11日目(後半): サン・ペドロ・デ・アタカマへ
2009.03.02(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
【標高3800m→4800m】

人間は、何メートルの高度まで耐えられるんだろう。

朝日

朝日と共に出発。
「今日は埃っぽい一日になるよ」そうドライバーに言われ、覚悟を決める。

ひたすら、ひたすらカサカサな地を走る。

ウユニ2日目1

フラミンゴを見た。
すごい景色もたくさん見た。
地球はデカイ。
私は、まだ何も知らないんだ。

ウユニ2日目2

「見てごらん、こんなにたくさんの色がある。
 でも、どれ一つとして人工的なものはないんだ」

オランダ人がつぶやく。

車の外の風景が少しずつ変わってくる。
あんなにカラフルだったのに、高度があがるにつれ、
一色になっていくんだ。

ウユニ2日目3

高度4500メートル。
そろそろ、頭痛を自覚してくるようになる。
体も思うように動かない。
ジャンプしても、高く飛べないんだ。

コカキャンディーを口に投げ入れる。

「僕にも頂戴
 この高度は、ぼくたちにも辛いんだ」

ドライバーが言う。

ウユニ2日目4

目が痛くなるほどなにもない砂漠。
「砂漠」という概念をぶち壊してくれた、そんな気がした。

でも、実はね、こんな場所でも生き物は生息してるんだよ。
ひっそりと、でも、必死に。

この景色を私はいつか忘れてしまうのだろうか。
自然は怖いんだ、そう感じてしまう。

宿に到着。
ウユニ出発の同様のツアーが立ち寄ることのできる唯一の宿。

夕ご飯時に、小さい子供たちが、手に楽器を持って出てきた。
「音楽」とは到底呼ぶことのできないものを一通り「演奏」したのち、
リーダー格の男の子がこう言ったんだ。

「水を買うためにお金をください」

手を出しながら、各テーブルを回る。

「水を買うためのお金が必要なの?」
「Si」
「じゃぁ、お水をあげる。」
そう言って、持ち歩いていた2リットルのボトル2本を渡した。

「そのみのやったこと、正しいと思う。
 僕たちも、あらゆる場所を旅してきたけれど、お金は絶対に渡さない。
 お金はすぐに、親のアルコールに変わるだけだから」

オランダ人バックパッカーカップルが話し出す。
チリに留学中のドイツ人もいう

「旅行客が、善意で渡すお金が、
 その国を滅ぼしているということに気付かないといけないんだけどね」

ウユニ2日目番外編2


あ、このツアー仲間と一緒でよかった。
私と同じ視点から世界を見ている人たちと一緒で本当によかった、
ココロの底からそう思えた瞬間。

ウユニ宿

ボリビアのモラレス大統領は
「数年のうちに我が国の識字率を、限りなく100%に近づける」なんてこと言っているけれど、
問題は山積みで、
たぶん、この子たちが教育を受けられるような環境が整うのは、
まだまだ先のこと。

ウユニ2日目番外編

シャボン玉と風船、それだけで子供に戻ってくれた瞬間。
普段からもっと無邪気にしていてほしいのに。

ウユニ2日目5

高度4200mのこの宿には電気もお湯もない。
ブロックを積み上げてあるだけのもの。
分厚い靴下、Tシャツ、八分丈シャツ、長袖、フリース、寝袋、ホッカイロ。
これだけ着込めば大丈夫かな。

ふと横を見るとオランダ人が、Tシャツ一枚で寝てる。
大丈夫なの?と聞いてみたら、
「僕たちの国は寒いんだよ。
 こんなのなんでもないんだ」
って。

日本人の私は甘いなぁ。
さぁ、明日は4時起床です。

11日目(前半): ウユニツアー 3日目
2009.03.01(10:00)|コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
プロフィール

snoms

Author:snoms
26歳(♀)

小六~高校:約7年弱、南半球オーストラリアで暮らし、
大学:四ツ谷にある大学で学び、
「東京」の大学の大学院で、ラテンアメリカの経済で修士修了。
現在、東京のど真ん中で、日本の貿易の活性化に努める日々。

毎日が
最高に刺激的で、
最高に楽しい。

旅が大好きだけど、日本も大好き。
写真も大好きだし、読書も大好き。

「人」が大好きなんだ。
人との繋がりを大切に、そんな毎日。

月別アーカイブ
カレンダー
02 | 2009/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリー
最近のコメント
QRコード
QRコード
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
40810位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
会社員・OL
7386位
アクセスランキングを見る>>
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。