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2011/04/12 (Tue) イケてない一日

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語学堪能、
国際的、
自己主張ができる、
物おじしない、
バイリンガル、
二つ以上に文化に触れている、
外国人の友達がいる、
大学に簡単に入れる、
オープン、

帰国子女、っていう言葉を聞けば、きっとこんなイメージが浮かんでくるんだろうな。
知られていないのは、帰国子女が抱えている傷や苦しみ。
帰国子女、って一言で言っても、いろんな人がいるわけなんだけど、
たとえば、クリティカルエイジである、ティーン時代を、外国で過ごすと、ある意味、日本人にはなれないと思うんだよね。
絶対に。

で、帰国後、自分の母国である日本を好きになることができない、他の日本人との違和感を感じて、
自己否定。
私も、そういうときがありました。
今? もう違うよ。 だって、そういう自分を否定してしまったら、自分が可哀想だもん。

今はね、ある意味ゲームなんです。すべてが。
自分が置かれている状況、与えられている試練、これを乗り越えることができない、うまくこなすことができない、そんな自分を好きになれなかったとき、それは「負け」。

そして、日本という社会を否定したら、それも負け。

最近、就職先がきまってよく言われること
「海外駐在が多くできるね」
そんな時、私の答えは、きまっていつも同じ
「海外駐在、興味ないよ。私は日本に住みたいんだ」

日本の良いところは、たくさんある。
でも、同時に、
日本における、どうしても好きになれない点っていうのも、たくさんあるんだ。

ただ、日本というシステムの中で、一部を担いつつ、でも、組み込まれることはせぬよう、
生きていくの、って楽しいと思うんだよね。

日本を客観視できるっていうこと、そして批判することができるということ、
これは、帰国子女に与えられた試練であり、使命であり、宿命、そして役割。
それが、帰国子女、という人間になってしまった人たちの価値。

つまり、
普段の生活で、流れに無理やり逆らうのではなくて(そういう帰国子女も多いけど)
日本を常に客観視して、そして、
ふとしたことで、(日本ではよくあることだけど)集団で間違った方向に全員で向かいそうになったときに、
軌道修正をしてあげる。

まぁ、そこまでしてあげる愛と義務と恩義を日本という国に対して感じているか否かは人それぞれだけど、
少なくとも私は、それが帰国子女の役割だと思っている。

だって、人間の集団って全員が全員同じなわけではなくて、
それぞれ、いろんな役割を担っているわけでしょ?
帰国子女の役割というのは、さしあたり、「集団」から一歩ひいて、その集団をながめ、
時に、辛口コメントをしたりして、(もちろん、反感を買ってしまうわけだけど)、間違った方向に、全員で向うのをできるだけ阻止することなのではないかな、って。
(かなり上から目線だけど)

日本がイヤ、だって口にする人、よくいるけども、
じゃぁ、どこがよいの?って聞いた場合、この国が良い、って言える人って、あまりいないのではないかな、って思ったりもする。

たとえば、私は、小学校6年生から高校卒業するまで、オーストラリアで暮らしていたわけだけど、
でも、オーストラリアの一都市の一地区の一階級の人々の生活にしか触れていないわけで、
本当に本当に、わずかなオーストラリアしか知らないんだよね。

もちろん、オーストラリアに永住したとしたら、嫌はものは、たくさん見えてくるだろうし。
(ただ、外国に住む、ということの利点は、外国人である、というオールマイティな言い訳を使うことができるって点)

要は、嫌なもの、っていうのは、どこの国に行っても、あるわけで、
そういう現実に立ち向かっていかなくてはならないんだよ。
帰国子女も、そうでない人も。

何を言いたいのか、というと、
一般的に抱かれている、帰国子女に対してのイメージ、幻想。

それっていうのは、あくまでファンタジーにしか過ぎず、
帰国子女は帰国子女なりに、多くの悩みや傷、苦しみを日々抱いて暮らしている、
そういうことなんじゃぁ、ないのかな。

そして、そういう傷っていうのは、主に日本で負うもの。
羊的な発想を持つことが「美徳」とされている日本で
(決して、否定的な意味ではなく、事実として)
日本において日本人によって、負わされる傷のほうが、
外国に初めてわたって、外国語で、外国人として扱われるときに、感じる苦痛の
何百倍も、苦しいんだ、っていうことです。

はぁ、無駄にたくさん書いたけど、
やっぱり、帰国子女問題に関しては、
いろいろと言いたいことがあるんです。

うまく、言葉に言い表せないだけで。
2008.06.24(22:09)|日記・独り言コメント(4)トラックバック(0)TOP↑
同じ帰国子女でお俺みたいに現地校行ってない組だと英語すら怪しいもんな。

時期も年数も滞在国も違うのに一列にされてもね・・・

まあ外人ってくくりしてる日本らしいといえば日本らしいか。

裕福な家の子息ってのはほぼ間違いないと思ってたけどそれすらフィリピンで木っ端みじんにされちゃったしなw
From: ドリアン * 2008.06.25 00:03 * URL * [Edit] *  top↑
確かに、同じ期間行っていても、現地校に行くか、日本人学校に行くか、また、日本人がいる現地校に行くか、日本人が0の環境に置かれるか、っていうこととかで、ずいぶんと変わってくるよね。

日本は、、、他の国もそうなのかもしれないけど、ステレオタイプが先走る傾向があると思う。
外国人=碧眼、金髪、背が高く、、みたいな。笑

ただ、帰国子女=大学簡単に入れていいねー、とか、英語話せていいなー、とか言われると、ムカつきます。笑
From: そのみ * 2008.06.25 09:15 * URL * [Edit] *  top↑
たぶん、その人の今の姿しか見ていないんだと思います。「英語が出来る」「物怖じしない」という風に思う人は。その人がどれだけ苦労したかは、表面には見えない。それは、色々なことに通じることでしょうけども。

ステレオタイプが先走る、ということもそうですけれど、何だか簡単で考えなくてもいいものが一番歓迎されるようになっているんじゃないか、そんな不安(妄想?)が。。

いつ考えるんだろー?
僕は明日の課題考えてます。。


From: Noritsura * 2008.06.25 23:04 * URL * [Edit] *  top↑
まぁ、確かにそうだね。
言われて見れば。
でも、逆に考えると、話す相手のバックグランドをいちいち毎回気遣っている人がいたら、それはそれでキモチワルイよね。
どこまで、私のことについて、知りたいんだ、って。笑

簡単で考えなくてもいいものが最も歓迎される、かぁ。。人間はえてして、めんどくさがりやな生き物です。

そんな私は、修士論文の方向性で、指導教官と真っ向勝負中。
もう、疲れた。。。。。。
From: そのみ * 2008.06.25 23:53 * URL * [Edit] *  top↑
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プロフィール

snoms

Author:snoms
26歳(♀)

小六~高校:約7年弱、南半球オーストラリアで暮らし、
大学:四ツ谷にある大学で学び、
「東京」の大学の大学院で、ラテンアメリカの経済で修士修了。
現在、東京のど真ん中で、日本の貿易の活性化に努める日々。

毎日が
最高に刺激的で、
最高に楽しい。

旅が大好きだけど、日本も大好き。
写真も大好きだし、読書も大好き。

「人」が大好きなんだ。
人との繋がりを大切に、そんな毎日。

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